2006年07月10日

ココリコのエピソード その2

漫才の評価は高くないがコントは松本人志に天才といわせるほどの腕である。最近ではココリコのコントはめったに見られないが漫才はルミネtheよしもとなどで見ることができる。

遠藤が一応ツッコミとなっているが遠藤がボケのネタもいくつかあり、最近では番組の中でもボケまくりでツッコミを他の出演者にやらせることが多い。

FNSの日には1997年から毎年出演。また、『笑っていいとも!』にも1997年からずっとレギュラー出演中である。特に、2002年・2003年・2005年の鶴瓶中継には「27時間テレビの鶴瓶中継と言えばココリコ」と言う黄金コンビが出来たほど。

松本人志によると、山崎邦正が初めて田中を連れて来た時、田中はボソボソ声で「おはようございます」と言った後一言も喋らなかったらしい。また、遠藤は初対面の時彼女を連れており、「こんな奴ら絶対売れん」と思ったらしい。吉本芸人がもっとわかる!

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ココリコのエピソード その1

サラリーマンを辞職し無職だった遠藤は当時専門学校生だった田中を誘いオーディションへ。見事合格しココリコボンバーズ結成。大阪出身だが吉本興業東京本社からデビューした。

同期には、藤井隆・中川家・陣内智則・海原やすよ・ともこ・ケンドーコバヤシ など
同期ではないが同い年に矢部浩之(ナインティナイン)、ほっしゃん。(2年先輩)や田村亮(ロンドンブーツ1号2号)(2年後輩)などがいる。

コンビ名は二人が中学生の時拾った手帳に書かれていた喫茶ココリコから。「ン」がつくコンビ名は売れるというジンクスがあったためボンバーズをつけた。しかし、後に極楽とんぼの加藤浩次のアドバイスを受けボンバーズは撤去され現在のコンビ名となった。当初の仕事は『吉本印天然素材』の前説。その後、『ガキの使い』の前説を経てレギュラーへ昇格。ブレイクのきっかけとなった。吉本芸人がもっとわかる!
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ココリコの2人について

遠藤 章造(えんどう しょうぞう)
1971年7月13日生。
血液型はO型。大阪府豊中市出身。ツッコミ担当。

田中 直樹(たなか なおき)
1971年4月26日生。
コンビのリーダー。血液型はO型(AB型と公表していたが実は違った事が判明し番組でカミングアウト)。大阪府豊中市出身。ボケ担当。ネタ作成も彼の仕事。
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