2006年09月12日

河本 同級生オダジョー映画に参加

お笑いコンビ「次長課長」の河本準一(31)がオダギリジョー(30)の主演映画「パビリオン山椒魚」(監督冨永昌敬、16日公開)のテレビCMでナレーションに挑んだ。オダギリと河本は岡山県の津山市立東小学校3年2組の級友。CMは11日から放送され、河本は「当時は考えもしなかった」と話している。

 河本によると「ジョー」「もっち」と呼び合う仲。小学校では、内気な性格だったオダギリを率先してクラスの輪に引きずり込んだといい「僕はジョーの恩人なんですよ」。同時に「女子の人気も取られちゃいました」と振り返る。中学校進学時に河本が岡山市内に引っ越し、交流は途絶えたが、芸能界で再会。今回はオダギリが直接依頼した。

 河本は、独特のハスキーボイスにギャグを織り交ぜ「おすぎとピーコさんには申し訳ないですけど、仕事を取り上げてしまうかも。ジョー、やったったで」と自画自賛。

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2006年08月01日

次長課長・井上 山本梓は「普通の友達」

お笑いコンビ「次長課長」の井上聡(30)が、雑誌「FRIDAY」で報じられたグラビアアイドル山本梓(25)との熱愛について30日、否定した。都内で行われた米ドラマ「スーパーナチュラル」のDVD発売会見に成宮寛貴(23)らと出席。取材陣から「交際は順調?」と聞かれると「順調も何も、普通の友達ですから」と強調。相方の河本準一(31)も「うちの奥さんと成宮さんが同じ教習所に通ってる。FRIDAYさん、そっちを狙って」と付け加えた。
(スポーツニッポンより抜粋)
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2006年06月24日

次長課長のエピソード その4

あくまでコンビ名なのでどちらが次長でどちらが課長というわけではない。だが、ごくまれにバラエティ番組で「次長 河本」「課長 井上」という設定になることもある(タモリ倶楽部に出演した際には「吉本工業 Yoshimoto Industry」という名刺を出したことがある)。
「めちゃ²イケてるッ!」内のコーナー『恋のカマ騒ぎ』では次長子の彼が河本、課長子の彼が井上という設定になっていた。

2004年以前、TBS系列『さんまのSUPERからくりTV』の番組収録で前説をやっていた。

ズバリ言うわよ!(2005年3月8日放送)で細木数子に「このコンビ名だと井上が貧乏になる」と指摘され、本気で改名をするか迷ったがとりあえず改名は拒否した。その後、逆に大ブレークが続いている。

井上は「マンスリーよしもと」が毎年恒例に行っている吉本男前ランキングで2006年度、2位に倍以上の得票差をつけてダントツの1位に輝いた。(ルミネtheよしもとのお客さんに聞いた、抱かれたい芸人ランキングでも1位を獲得。)

ちなみに河本はブサイクランキングの8位だった。
河本は「お父さんになってほしい芸人」、井上は「息子にしたい芸人」でそれぞれランクイン。

2006年3月28日に放送された「祝!ズバリ言うわよ!細木数子誕生祭!2週連続2時間スペシャル第1夜!!」にて、井上が芸能界に入るきっかけとなった人物であり、河本も大ファンのジャッキー・チェンとの共演を果たした。井上は『プロジェクトA』のワンシーン「テーブルの上で歌う人のまね」、河本は「オメェに食わせるタンメンはねぇ!」をそれぞれジャッキー本人の前で披露した。

「晴れる道 〜宇宙人(オメェら)に合わせる顔がねぇ!〜」でCDデビュー(2006年5月31日発売、R and C)。
JK名義で出しており、アニメ・ケロロ軍曹の期間限定の主題歌になっている。作詞も手がけており、プロデュースは小室哲哉である。 吉本芸人をもっと知りたい方はこちら>>
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次長課長のエピソード その3

大阪時代に河本が椎間板ヘルニアで入院した際、井上は師弟関係にあるケンドーコバヤシと一緒に学園祭などの仕事を行っていた。ツッコミなしで、ボケにボケを重ねる形のネタを披露し、非常にうけて好評だったらしい。
河本が入院していた時に、芸人仲間がお見舞いに来てお土産をくれた。一番多かったお土産は「フラフープ」。相方の井上は「月間ムー」というUFOなどのオカルト雑誌だったらしい。(エンタの神様ホームページに記載されている)

しかし、河本が退院した直後に行われた次長課長単独の復帰ライブはだだすべり。劇場の三階にある本屋のレジの「チーン」という音が聞こえるほどのスベりようで、劇場の伝説になっている。

当初は井上がボケ・河本がツッコミだったが入れ替わった。舞台やネタ番組ではコントが主だが漫才をやることもある。さらに極一部のネタでは今も井上がボケを行うネタがある。(井上がボケて河本にモノマネを振り、河本がモノマネを披露してからノリツッコミするもの)

チャイルドマシーン(解散)が東京に行く際、カラオケで号泣しながら(シャ乱Qの上京物語)歌って彼らを送った。

2002年10月、東京進出。ルミネtheよしもとの舞台などに出演。

東京ではしばらく芽が出なかったが、2004年頃からマニアックなものまねが注目され始めた。舞台やネタ番組ではロングコントも披露するが、その際も河本がマニアックなものまねや特異なキャラを使ってボケることが多い。
マニアックなモノマネは、大阪時代、楽屋で中川家と一緒だったとき「こんな人おるな」という細かいモノマネを競い合ったことから生まれたもので、いわば中川家と共同開発したネタである。今でも中川家と同じ楽屋のときは、楽屋内4人で即興コントをすることが多い。

中川家に礼儀から芸事まですべて教え込んでもらったため、「身近だけど神様みたいな存在」だと2人は語る。

河本のキャラで特に代表的なのは「とんねるずのみなさんのおかげでした」に出た際にジャッキー・チェンの映画に出てくる脇役の真似で「お前(オメェ)に食わせるタンメンはねぇ!」がよく知られている(初めて出た時は「お前に“食べさす”タンメンはねぇ!」であったが)。ちなみにこのフレーズは河本がアドリブで考えたもので、本当は「そうは酢豚の天津丼だ!」だった。

コントのネタ作り以外は、相方である井上をこの世界に誘ったのは河本。東京行きを決めたのも河本。ゆえに2005年10月31日放送の『めざましテレビ』の広人苑IIでは「ネタ作りの主導権は井上、人生の主導権は河本」と語る。
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次長課長のエピソード その2

1994年4月結成。NSC在学中は河本・井上・山下のトリオで「次長課長社長」だったが、わずか1年程で社長の山下が脱退しコンビとなった。
社長は現在東京で美容師をしている(実際に「カミングダウト」2005年3月22日放送分の中で判明)。その後はトークの度に社長の話がでてくる。いいとも出演時には山下から電報がきた。

次長課長ではなく「8ボール」というコンビ名にしようともしていた。

河本は大阪に出てきた当時、何度も岡山に帰ることも考えたが、相方井上の存在が踏みとどまらせた。「自分がこの世界に引きずり込んで、あいつの人生を狂わしたのに、俺が帰ったらあいつはどうなる」と男気を語る。

河本は19歳の時、ホストの経験をした事がある。度々披露しているタンバリン芸は、このホスト時代に覚えたものである。働いていたホストクラブでNO.3だったと言い張っているが、実はその店にはホストが4人しかいなかった。

NSCの同期には同事務所野性爆弾、ブラックマヨネーズ、チュートリアル徳井、ルート33増田、現在は俳優の三浦誠巳がいる。また吉本外に移籍した者では飛石連休藤井、クワバタオハラ桑波田、超新塾新塾イーグル、諸岡立身らがいる。

ほぼ同期にはガレッジセール、シャンプーハットなどがいる。また、1年先輩にはロンドンブーツ1号2号・DonDokoDon・ペナルティなどがいる。年齢が上である品川庄司(品川は3歳上で庄司は同学年)は1年後輩にあたる。

心斎橋筋2丁目劇場よりデビュー。2丁目劇場閉鎖後は、1999年オープンしたbaseよしもとの主力メンバーとして活躍。単独ライブのタイトルに東京23区の区名をつけ、全23回開催。2002年9月23日の「中央次課長」をもって、本人達の意向によりbaseよしもとを卒業。

卒業ライブでは407人というbaseよしもと観客動員記録を作る。(この記録は今だに破られていない。)

ちなみに東京23区ライブシリーズにはブレイク前のフットボールアワー・レギュラーらが毎回出演しており次課長軍団(ファミリー)などと呼ばれていた。

レギュラーの「気絶」ネタは次長課長が考えたものである。吉本芸人をもっと知りたい方はこちら>>

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次長課長のエピソード その1

岡山市立京山中学時代に野球部で知り合う。一緒にキャッチボールをしたのが2人の出会いであり、それからは毎日のように一緒に遊ぶ仲になる。高校はそれぞれ違う高校に進学したため疎遠となったが、高校2年生の時に河本が井上宅に遊びに行き再会。再び交流が深まる。

所属していた野球部の練習で、みんながキャッチボールをしている中、井上は1人でフルスイングをしていた。すると河本がやって来て「先生が、キャッチボールをしなさいと言っているんですけど」と敬語で話しかけた。井上は「あ、そう」と答えると河本とキャッチボールを始め、それをきっかけに2人は仲良くなった。

ちなみに2人は中学時代、同じクラスになったことがない。

二人とも勉強が苦手で、中学時代、岡山県の中学生8000人が受けたテストでは井上が7990位、河本が7991位だった。

高校受験のときも高校に行きたいといったところ、先生に「夢を見るな」と言われた(2006年6月17日放送、恋のから騒ぎより)

高校卒業後、井上は親戚が営んでいたガラスサッシの枠を作る会社に就職が決まりかけていた。しかし河本から「吉本に入ろう!ジャッキー・チェンに会えるで!!」と誘われ、そのまま現在に至る。井上を誘った理由は「友達の中で、井上が1番おもしろかったから」

NSCの面接試験の際に、河本は笑いに対する想いを熱く語って合格したが、井上は指されずに何も発言しなかったにもかかわらず受かってしまった。 吉本芸人をもっと知りたい方はこちら>>
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次長課長の2人について

河本準一(こうもと じゅんいち) 
1975年4月7日生まれ
ボケ(しかしトーク、一部のネタではツッコミ担当)。岡山県岡山市出身(もとは愛知県名古屋市出身)。 市立京山中学校、県立東岡山工業高校卒業。身長162cm、血液型AB型。

井上聡(いのうえ さとし)
1976年2月2日生まれ
ツッコミ(しかしトーク、一部のネタではボケ担当)。岡山県岡山市出身(生まれは熊本県玉名市)。市立京山中学校、森教育学園岡山学芸館高校卒業。身長175cm、血液型B型。

略称次課長(じかちょう)。どちらも大阪NSC(吉本総合芸能学院)13期生。コンビ名の由来は、2人がバイトしていた居酒屋で、社員だった次長さんと課長さんにお金をもらい、はげまされたから。吉本芸人をもっと知りたい方はこちら>>

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posted by あゆみっくす at 10:24| Comment(0) | TrackBack(1) | 次長課長 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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