2006年06月17日

雨上がりほとちゃんのエピソード

1990年代初頭、吉本印天然素材でリーダーを務め、器用な仕切りができる芸人として期待を集めた。しかしいつの頃からか相方・宮迫博之の陰に隠れるような存在になり、ポジションはボケでもツッコミでもない「自由人」と言われることがある。かつては宮迫の破壊的なボケに対して埋もれてしまう感があったが、次第に先輩芸人村上ショージから受け継いだという「何事にも動じないという芸風」を確立。それは、宮迫のボケに対してというより自らがスベることについてむしろ発揮され、蛍原の寒いギャグに周囲が失笑していても堂々としているというキャラクターで押し切ることで、それがボケとなっている。その際は宮迫がツッコミに変わる。

青春時代は相方も恐れるくらいのヤンキーだった。そのため、街でからまれたり(特に先輩や後輩が)すると鬼のようにキレるという。

科学者になりたかったため「毒物劇物取扱責任者」という国家資格を取得している。仕事は「化学物質を棚からおろせる」ということだけだが、その資格がないと法律違反になり逮捕されてしまうので、とても重要な資格を取得したことになる。

長年付き合った恋人と2004年に結婚。蛍原は『北の国から』の大ファンで、挙式はロケ地に近い北海道・美瑛町で行った。

競馬ファンとしても有名で、2002年には大井競馬場内の飲食店「ホトちゃんキッチン」をプロデュースした。日本テレビ「スポーツうるぐす」の競馬コーナー等にもよく出演した。NHKBS1の世界の競馬の司会を2005年から務めている。競馬で300万円当てたことがあるがそのお金で自分の墓石を買ったらしい。

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雨上がり宮迫さんのエピソード2

かなりの漫画・アニメ好きとしても有名で、いまだにほとんどの漫画雑誌を講読または立ち読みしている。漫画の種類としては北斗の拳のように、主人公が圧倒的に強いモノが特に好みで、特に月刊少年チャンピオンに連載されていたクローズは連載第一回の段階から自分好みの漫画として愛読しており、未だに自分の中で最も面白い漫画であるらしい。またアニメに関してもかなりオタク的で(本人は、アニメ好きよりアニメソング好きと言っているが‥)、こちらはガンダムやマクロス等が好きで、劇中のセリフを全て覚えているほど。実際マクロスに関しては、自身がパーソナリティーを務めていた、MBSラジオ「オレたちやってま〜す」木曜日内で何度も熱弁を振るった結果、偶然それを聞いた関係者から実際に、マクロスのDVD商品のCM出演オファーをもらった程である。ちなみに本人曰く、初恋の相手は、ミンキーモモだそうである。

また、同番組で共演した声優の堀江由衣のマネージャーに「カリンコリン」というあだ名を付け(尋常でなく痩せていたことから)、そのあだ名は堀江のファンの間ではいまだに使われ続けている。

もともとは俳優志望であったことも手伝い、2001年の『救命病棟24時』(第2シリーズ)へのレギュラー出演以降、俳優としてドラマ・映画での活躍がめざましい。しかし、近頃酒の席で「(芝居は)自然体でやったらええねん」など演劇論を真面目に語ることがあるらしく、お笑い芸人としてはいささか勘違いし始めている等と芸人仲間から揶揄される事もしばしばある。

「雨上がり決死隊」を組む前、別の相方と「ピープル」と言うコンビを組んでいた。このコンビはダブルボケでとてもシュールな芸だったため、解散してしまった。ちなみにこの相方は現在、六本木ヒルズに居を構えるほどに実業家として成功している。

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雨上がり宮迫さんのエピソード1

テレビなどでは、常にテンション高くキレることが多いキャラクターで見られているが、実際のところ普段はかなりおとなしく、時に「根暗」とまで表現される程であることが、相方の蛍原徹や先輩の松本人志、島田紳助等多数の口から語られている。

自己紹介では自分の頬を叩き、両人差し指を前に突き出し「宮迫〜です!」と言う。この一連の動きでは頬を叩くのは2回と勘違いしている人が多いが、実際には1回しか叩いていない。

リーダー格だった吉本印天然素材ではジャージ姿で革靴を愛用していた。

コンビとしては宮迫一人が目立つことが多いが、「相方は俺のために身を引いてくれている」と発言したり、ある番組のプロデューサーの「蛍原さんはいつもの様に目立たない感じで」という指示にマジギレする等、相方思いの一面を持つ。その理由としては、かつて自分独りの才能でやっていると主張し続け、公の場で芸と称して殴る蹴るを蛍原に加えていた。そんな宮迫に対し、みかねた先輩芸人西川のりおが「あれな、蛍ちゃんかわいそうや。相方をおろそかにしていては先はない。殴るのやめたりーな。手加減せんかい」ときつく注意したことが原因であるらしい(西川のりお談)。この話も含めて、「あれ(度を越した暴力芸)まだやめとらん。」とのりおはナイナイのラジオで語っていた。


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雨上がり決死隊のエピソード

最近髪が薄くなってきているのを露骨に気にする「キレキャラ」宮迫博之と、サラサラヘアーでおかっぱ頭がトレードマークの「癒し系」蛍原徹の2人組。

コンビとしての役回りは宮迫がボケ、蛍原がツッコミ。

コンビ名の由来は、二人とも好きだったRCサクセションの『雨上がりの夜空に』から。正確に言うと、NSC時代に出たライブのタイトル「雨上がり決死隊」をそのままコンビ名にしたものである。

NHKの番組に出演する際、”死”という文字を使用するのは好ましくないというNHK側の意向により、雨上がり決”志”隊と文字を代えて出演した

不仲を売りにしていたが、あくまで宮迫のボケ。最近はあまり不仲ネタはやらなくなった。実際は、蛍原が監督を務める野球チームに宮迫が入ったり、蛍原が退院したその日に一緒に麻雀を打つほどの仲である。

1989年にコンビを結成したが、それ以前はそれぞれ別の人とコンビを組んでおり、宮迫は「ぴいぷる」、蛍原は「ホワイト&ホワイト」というコンビ名で活動していた。

1990年代前半頃、若い女性達を中心に人気を博した吉本興業のお笑いユニット・吉本印天然素材のリーダー格として活躍。天然素材で共に活動していたナインティナインは2年後輩(NSC9期生)になる。

天然素材後はしばらく不遇の時代が続いたが、90年代末頃から再び人気に火が点き始めた。

1992年1月、第13回ABCお笑い新人グランプリ優秀新人賞。

2004年に蛍原が長年交際していた女性とようやく結婚。テレビドラマ「北の国から」の大ファンである蛍原の希望で北海道美瑛町で挙式した。蛍原本人は「将来的には北海道に移住したい」とも話す。

式には相方・宮迫も一家で参列。宮迫の愛息(陸)が花嫁の被っているベールを後ろから引っ張ってしまうハプニングがあったとか。
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