2006年06月17日

さんまさんの私生活

合コン大王としても有名。事あるごとに関根勤、渡辺正行(大魔王)、ガダルカナル・タカ、笑福亭笑瓶らと合コンをしている。芸能界の遊び王である津川雅彦、奥田瑛二とも合コン仲間である。(合コンに関してのみ、村上ショージは参加しない)。

最近の愛読書は漫画のNANA-ナナ-。特に主人公の小松奈々の大ファンだという。

納豆が苦手。前妻大竹しのぶやその家族にも「納豆だけは自分の目の前で食べないでくれ」と言っていたと本人が語っている。

愛娘の影響で近年はヒップホップ音楽を愛聴しており、(エミネムが特にお気に入り)時々腕を組んでラッパーの真似をすることがある。また、「子供の頃のビヨンセは『天使にラブ・ソングを…』に出ていた!」としばしば発言しているが、間違いで、おそらく『天使にラヴ・ソングを…2』に出演していた、若き日のローリン・ヒルと勘違いしている。 吉本芸人をもっと知りたい方はこちら>>

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さんまさんの家族について

幼少時に実母と死別している。また、1983年に弟が火事で焼死し、実父は2006年2月4日に死去。ちなみに弟の焼死の時には家業(上記参照)とのからみで、関西のスポーツ紙見出しは「さんま丸焼け」と書かれていた(近年さんま当人もTVでこの話題をすることがある)。

1988年9月、女優の大竹しのぶと結婚、その後長女・いまるが誕生するが、1992年9月に離婚。その後は独身を続けている。

前妻の大竹しのぶとは離婚した今も仲がいい。よく大竹とその母、子供などと旅行など遊びに行ったり、大竹の家を訪ねたりしているらしい。テレビの番組でもさんまがしのぶを話のタネで使い、しのぶからおっとりと突込みが入るパターンはすでにネタの一つ。しかし、復縁は双方とも否定している。このように、さほど仲が悪いように見えないにも関わらず離婚し、その後さんまのトークに離婚関連のネタがおもしろおかしく語られる事から、一部の芸人の間では「あれは(トークネタを作る為の)偽装離婚だったのではないか」という説が流れたらしい。

子供には「お父さん」と呼ばせず「ボス」と呼ばせている。本人はその理由を、常々自分という人間は父親という器ではなく、昔から「ボス」と呼ばせるのが夢だったと語っているが、実際のところは大竹と前夫(演出家の故・服部晴治)との息子である二千翔(にちか)がいるからと言われている。彼とさんまは非常に仲が良く、当初大竹と結婚した際、人見知りが激しく誰にも懐かなかった二千翔がさんまには懐いたという。大竹との間にいまるが生まれた後も、帰宅した際はまず二千翔とスキンシップをとり、その後いまるの元へ行ったというほど分け隔てなく愛情を注いだ。そのため離婚の際も、二千翔は「ボスの方に行く」と言い張ったという。その関係は現在も良好で、自身のラジオ番組等では、娘と同様よく話題に上る。

座右の銘は「生きてるだけで丸もうけ」であり、さんま曰く、長女の名前も座右の銘から「いまる」と名付けたとしているが、大竹しのぶは「今を生きる」から名付けたと言っている。しかし、名前が公表されている(特にさんまが「明石家電視台」のオープニングトークで喋っている)にもかかわらず顔出ししたことが一切無い。(2006年、大竹しのぶが出版した自叙伝の中で二人の顔が初めて公開された) 27時間テレビ・今夜は眠れないのコーナーで、大竹しのぶや長男の二千翔(にちか)とともに電話出演が一度ある。

ちなみに現在の所再婚するつもりはないらしい。理由は「娘に反対されている」から。娘が結婚すれば再婚するかも、とも語っている。
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さんまさんの評価について

NHKが1975年から2003年にかけて毎年実施していた好きなタレント調査では、1985年に男性1位に選ばれてからは、2003年に調査終了するまでの19回のうち通算12回で男性1位を獲得、それ以外は全て男性2位となっている[1]。明石家さんまが、この期間に日本で最も人気のある芸能人であったことを示している。

かつてビートたけしが著書コマネチ!の中で『こいつには負けた、と思った数少ない中の1人』とさんまのことを評していた。

同期の島田紳助は初めてさんまの芸を見たとき、「俺と肩をはれる奴はこいつしかおらん」と思ったと当時の事を振り返っている。

さんまの落語については、島田紳助は自身の番組で「(一度見たことがあるが)つまらなかったけどな」と語り、春風亭小朝は「あれだけの話術を持ってる人なのに、驚くぐらい面白くない」と評していた。(生前の古今亭志ん朝にも「どこが面白いのかさっぱり分からない」と真顔で評価され、これにはさんまも返す言葉がなかったとか。)

芸人だけを集めて台本なしで番組を作った場合、MCとして主導権を握れるのはさんまと紳助であると言われている。上岡龍太郎は「素人相手に喋ったらさんま、芸能人相手なら紳助」と評している。
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さんまさんの芸風など その2

「さんまのまんま」に若手女性タレントや若手女優が出演すると、泣かしてしまうことが多い。酒井法子、山瀬まみ、西田ひかるなどが泣かされた。特に山瀬は習字を披露したが、下手くそ振りに、激怒してしまった。
いわゆる「出っ歯」(前歯が一般的な位置より少し前に出ていること)の代表的人物として有名で、原口あきまさがさんまの物真似をする場合、歯に出っ歯に見える飾りをつける。

かん高い笑い声とドナルドダックの様な「クワーッ(もしくは「クエーッ」)」という引き笑いが特徴。音声学的見地からいえば、アホウドリの鳴き声と同じであるらしい(従兄弟弟子にあたる嘉門達夫は「引き笑い鳥」と名づけている)。

ゴールデンタイムでは不適切とされてきたSEXをエッチと言い換えることで発言可能にしてしまう、前述の「バツイチ」等、言語面に関してもTV界、ひいては日本の社会全体に多大な影響を与えている。

関西ローカルで「痛快!明石家電視台」、「ヤングタウン土曜日」の二本の番組があるが、これは「大阪の番組という初心を忘れないため」だと言われている。島田紳助が「クイズ!紳助くん」を置いているのと同様の理由である。(とはいえ、東京を主にしているので余程の事がない限り大阪では仕事をしない。)

年末から翌年のお正月にかけてオーストラリアに滞在するためクリスマス明けからお正月の生放送番組には出演せず、年末の仕事終わりは「明石家サンタの史上最大のクリスマスプレゼントショー」となる。その代わり、クリスマスの特番には多く出演している。

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さんまさんの芸風など その1

デビュー当初は当時人気だった阪神の小林繁投手の形態模写や漫談が主であった。

現在では司会業が中心で、番組などでのゲストや観客との会話は爆笑を持って迎えられる。レギュラー番組は多数で、中には二十年以上続く番組もあり、人気は健在。聞き手に回りながらも、相手の何気ない一言を即席の持ちネタにし、話の節目やオチで効果的に連呼し使用する特徴がある。大袈裟な身振り手振り、外見、声、全てを含めて「明石家さんま」として完成した、ピン芸人の一つの頂点と言える。

俳優から引き出したトークを笑いのネタに変えてしまうその高い技術によって、永くバラエティ番組に対し消極的であった多くの俳優を呼び込み、今まで自身の失敗に対し口を開くことの無かった俳優達がこぞって自身の失敗談を語るようになったのは、さんまの功績であるとされる。また、人の埋もれたキャラクターや個性を見抜き、引き出すことに長けており、中村玉緒や中尾彬等、今ではバラエティーに引っ張りだこの芸能人を多数発掘している。
とにかくテレビっ子である。自分が出演した番組をビデオ録画し、自宅に帰ってそれを見ては大笑いし、または反省するのは有名であるが、家にいる時間はとにかくテレビを見ている。睡眠時間が極度に少なく、ゴールデンから深夜番組まで何でも見ている為、他の大御所芸人とは違い、若手芸人のネタなどを何でも知っており、中堅芸人(ナインティナイン・くりぃむしちゅーなど)でさえも気を抜けないという。またさんまは、その当時流行している言葉等を自分で真似る、もしくは連呼することが多い。波田陽区をテレビで観たさんまが、「残念!」などの決め台詞を真似し、そのことが波田のブレイクに大きく影響を与えたともいえる。

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2006年06月16日

さんまさんの持ちギャグ(過去のも含めて)

他人がテレビで発した思いがけない一言を、さんまが持ちギャグにしてしまうことが多い。

アホちゃいまんねん、パーでんねん パァー

知っとるけ〜?

おまち〜

フェ!(ブラックデビル)

なっとく

意味ないじゃ〜ん(例:宮川一朗太の太、意味ないじゃ〜ん)

そんなことしちゃ、ダメダメ。

そんなんいらんねん(そんなんはいりません、俺イエスマンいらんねん)

アハハハハ、堺正章でございます

いやーん、めっかっちゃった

はいはーい、もっこりもこみち

ゆーな、そんなん

あのよぉー

失礼ですけど、ほんま殴るぞ

(無線機を口元に当てる格好をして)隊長、アホめっけました。

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さんまさんのエピソード【2004〜2005年】

2004年、「さんまのSUPERからくりTV」で打倒・松岡修造を目標に「からくりテニス同好会」を結成するが、メンバーの上達の遅さに苦労した。初対戦となった2003年末SPでは最後はお見合い状態で敗れ雪辱を架けて挑んだリベンジ戦の第2戦(舞台は有明コロシアム)でも最後は浅田美代子のフォルトで敗れ、返り討ちにあってしまった。
2004年3月26日放送の『さんまのまんま』にやしきたかじんとの黄金の共演をする。
韓国ドラマ『冬のソナタ』の主演俳優であるペ・ヨンジュンが「ヨン様」と呼ばれて大人気となった事を受け、彼の髪型に似せたかつらを被り微笑を見せ、自らを「サン様」と称して笑いを取る事もある。
この「サン様」は、日本テレビ系『恋のから騒ぎ』の「さんま 愛の説教部屋」のコーナーで、「ヨン様」のコスプレをしたことがきっかけで誕生。また2004年7月24日〜25日に放送されたフジテレビ系『FNS27時間テレビ』内で、SMAPの中居正広と共演した『さんま・中居の今夜は眠れない』の中では、ヨン様についての話題になった際、ヨン様スマイルの真似をして自ら「似てる!」「俺の差し歯とヨン様の差し歯は同じメーカーや!」などと豪語、笑いを誘った。さらに、フジテレビ系『さんま・玉緒・美代子のいきあたりばったり珍道中inドイツ』でもオーケストラの演奏を聴くシーンで登場。人気俳優もさんまに掛かればギャグになってしまう。続きはこちら…
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さんまさんのエピソード【2000〜2002年】

2000年7月7日、TBSのスーパーフライデー枠で、関西ローカルの「痛快!明石家電視台」が「明石家さんま生誕45年記念番組・大成功!明石家電視台」として一度だけ全国放送された。

2001年のFNSオールスターズ27時間笑いの夢列島では、当時放送していたバラエティー番組「明石家マンション物語」で演じていた「横山3兄弟」というキャラクターに扮して、27時間テレビ内のコーナー「クイズ$ミリオネア」に出演し9問連続正解するも100万円の問題(10問目)でアウトとなる。また、解答中にライフラインとして前妻である大竹しのぶに生電話をするという離れ業を使う(翌年も「さんま・中居の今夜も眠れない」で大竹しのぶに生電話。子供の二千翔やいまるの声も電波に乗った)。
すぽると!(フジテレビ系)が「感動ファクトリー・すぽると!」だった時代、「工場長」をつとめており、土曜日の放送に不定期に作業服姿で出演していた。
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さんまさんのエピソード【90年代】

1993年12月、かねてから親交の深かった逸見政孝がガンで死去した際「逸見さんがテレビでガンを告白した時、『この人はもう帰ってこれないだろうな』と正直思いました。正直ね…」と、無念の表情で語った。
1995年の夏、明石家さんま主催の特番「明石家さんまのスポーツするぞ!大放送」で「オールスターフリースロー選手権」を開催。さんまの「俺はフリースロー、負けないぞ!」という発言が、翌年フリースロー全国大会を実現させる引き金となった。
1996年、フジテレビの人気ドラマ番組「古畑任三郎」に出演、やり手の弁護士小清水潔を熱演する。当初は売れないロックシンガーの役の予定だったが、プロットを聞いたさんまは脚本家の三谷幸喜に対して法廷物をやることを提案する。自らも法廷物が好きな三谷は快諾し脚本を書くが、余りにもセリフが多くなりそれを覚えられないさんまに対し、主演の田村正和が撮影中に激怒したほどであったという。撮影後は「法廷物はもう嫌だ」と漏らしたといわれている。しかしその甲斐あってかこの回、「しゃべりすぎた男」は古畑ファンからの評価も非常に高く、「汚れた王将」「ゲームの達人」と並んで古畑シリーズの傑作のひとつに挙げられる。ちなみに後に同作に出演したイチローは田村正和からセリフを覚えきれたことに対し褒められている。またイチローも古畑シリーズで一番好きな作品は「しゃべりすぎた男」であるという。
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さんまさんのエピソード【80年代】

20代の頃は、芸能人オールスター運動会で、田原俊彦など当時人気絶頂のアイドル相手に空気を読まずにリレーで先着したことがある。番組関係者からこってり怒られたらしい。
1984年6月22日、笑っていいとも!に出演した作家の有吉佐和子が、テレフォンショッキングで42分間にわたるお喋りで番組をジャックした際、あまりの喋りの長さに有吉に食って掛かり大喧嘩の様相を呈した。その2ヵ月後8月30日有吉佐和子が急性心不全で死亡した時タモリが、あの時お前が喧嘩したから死んだんだといいとも本番で、ネタにしてた。
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さんまさんのエピソード【関西ローカル時代】

20歳の時に11PM(日本テレビ系)でテレビデビューを果たす。「落語家の成人式」というテーマだったが、さんまは師匠・松之助の忠告により営業用の赤いブレザーを着用。また、番組内で「SEXの四十八手以外に知っている技がある人は?」という質問に対し、「逆さ十文字落としでぇーす!!」と答えて技を説明した。スタジオは爆笑だったが司会の藤本義一から「テレビで言って良い事と悪い事があるぐらい覚えておきなさい!」と叱責される。しかし、横山やすしには気に入られる。(また、この放送を見ていた松之助は、この件を大いに絶賛している。)この「事件」はさんまにとって大変ショックだったらしく、後年あるTV番組で藤本義一に対して批判ともとれる発言をしている。

毎日放送(MBSテレビ)の人気番組「ヤングおー!おー!」に出演。「チャッピー」と名付けられ、司会の桂三枝の愛と厳しさに育まれながら、次第に頭角をあらわす。番組内ユニット「ザ・パンダ」(先代林家小染・月亭八方・桂きん枝・桂文珍)を改編してさんまをメインにした「さんま大阪スターズ」(SOS)を立ち上げ、諸先輩を差し置いて一コーナーを任されるまでになる。(当時のキャッチフレーズ「おれは大阪のさんまや!」)その後、プロ野球阪神タイガースの小林繁投手の投球フォームを形態模写して評判になり、関西を中心にアイドル的な人気を勝ち取る。

駆け出しの頃は、よく同期の島田紳助と二人で遊園地などに営業に行っていた。このほか、同期にはオール巨人、桂小枝らがいる。
兄弟子に当たる五所の家小禄と漫才コンビを組んでいたことがある。

1979年、シングル「Mr.アンダースロー」で歌手デビュー。大阪ガスのCM曲だったこのシングルは、オリコンの大阪チャートで1位を獲得した。キャッチコピーは「頼れるエースはアンダーハンド」。「CMが放映されブレイクしていた時に、番組内で『燃料といえば?』と振られたので、あえて『練炭』と答え大爆笑を誘ったが、ガスのCMから降ろされてしまった。」と本人はネタにしている。続きはこちら…
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さんまさんのエピソード【内弟子時代】

1974年2月、県立奈良商業高校3年のときに二代目笑福亭松之助に弟子入り。下積み時代、兵庫県西宮市今津に住んでいた。当初は、「笑福亭さんま」という落語家だった。

入門の動機は花月劇場で見た松之助の新作落語が面白かったから。初めて顔を合わせた際、「なんでワシのところに入門してきた?」と松之助に言われたさんまは、「あんたにはセンスがある」と言った。さんまとしては素直な気持ちを伝えただけなのだが、普通なら怒りたくなるような不遜な発言である。だが、逆に松之助は「おおきに」と礼を言った。入門生活は、丸刈りにされること以外はあまり厳しくなく、放任主義だったという。また、さんまが東京(小岩に住んでいたため、当時都立小岩高校の学生だった大竹しのぶとニアミスしていた。)へ駆け落ちを理由にして飛び出し、その後破局して帰ってきたとき、松之助はさんまを破門にせず暖かく迎えたというエピソードがある。

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